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「で、その魚人の集落に何しに行くんだ?」
俺の問いに答えたのは嬉しそうに振り返ったロードだった。
「実はティリエもシタシタ族なんだよ。知り合いに会いに行くんだろ」
「いい加減にしなさいよ!なんなの?私を馬鹿にしてるの?シトナルタを馬鹿にしてるの?」
そのまま放ちそうな勢いでウォーラに手をかけたティリエだが、道行く人の視線が一気に二人に集まったことで慌てて小さくなった。
しかしそこは流石ロードだ、視線ぐらいでは怯まない。
「馬鹿になんてとんでもない。尊敬してるんだよ、シタシタ族は確か神に近い存在なんだろ?あ、ってことはティリエも錬人ってことか?」
「それ以上余計なこと言ったら、ところ構わず本気で撃つわよ」
ぎろりとティリエに睨まれて、ロードは口笛を吹いて誤魔化していた。
ティリエはからかわれるのがどうというより、まず「シタシタ族」を口にするヤツの隣を歩くのが嫌でしょうがないんだろうな。
「そこの可愛いらしいお嬢さん、ちょっと」
俺の後ろで涼しい声がした。振り返ると、そこにはひょろりとした男が立っている。全身真っ黒な…礼服か?それに黒いシルクハット。不思議な雰囲気を演出しているのは星と雫の涙が描かれた白い仮面だ。仮面は顔の上部分だけで、男が口元を上げるのがわかった。
「君じゃありませんよ」
「は?」
俺達のやりとりを聞いてか、周りの視線が一斉に俺に集まる。
おいおいティリエが振り返らないからいけないんだぞ。ようやく気付いたティリエでさえ痛々しい目で俺を見ていた。ロードは言うまでもなくにやにやしている。どんな誤解してるんだよ。
俺は諦めてティリエに手招きした。
「おい、ティリエのことだぜ」
「私?」
「えぇ、貴女です」
男は口だけの笑みを浮かべてティリエに近付く。優雅な仕草で差し延べた手は白い手袋をしていたが、指が細長いのがよくわかった。
「あなたは?」
「申し遅れました、私はシーガン=インカントと言う者です。どうでしょう?私と一つゲームをしませんか」
「ゲーム?」
俺達が入る間もなく、シーガンと名乗る男はとんとん話を進めていく。
「見てのとおり私は奇術師。貴女が私に勝てたら、私の知るシトナルタ族について全てお話ししましょう」
「盗み聞き?関心しないわね」
ティリエは食いつくどころかばっさり切り捨てた。いや、あの声量でも盗み聞きっていうのかな。
しかしシーガンも動じない。
「おっと、これは失礼。知っている単語が耳に入ったもので、つい」
「それで?あなたが勝ったら?」
ティリエの質問にシーガンは一歩下がり、奇術士らしい妖艶な笑みを浮かべて言った。
「貴女のテシンが欲しい」
予想もしなかった言葉に、ティリエは眉を潜める。
シーガンは笑みを崩さない。
しばらく沈黙が流れた、が
「くだらないわ」
ティリエは言い放つと回れ右をした。
「おや、負けるのが怖いんですか?」
「あなたは奇術師でしょ?奇術師とゲームをするほど私は愚かじゃないわ。それにこれはテシンよ。たとえテシンじゃなくても、あなたは自分の相棒を簡単に手放したりする?これを賭け事に使う気はないわ。シトナルタ族なら自分で調べられるから、余計な心配しないで」
おお、いいぞティリエ!芯を突き通して颯爽と歩いていくその姿はそこらの男よりずっと男らしかった。
「成る程、流石はテシンの使い手という訳ですね。わかりました。…それでは良い旅を」
「待てよ、なんであんたはテシンが欲しいんだ?」
去ろうとしたシーガンを呼び止めると、彼は意味深に笑った。
「また出会うことがあれば、その機会にお話ししましょう」
「テシンは高価なのよ」
むすっとした態度でティリエが話し掛けてきた。さっきの俺の質問に対する答えとわかるのに少しかかった。
「テシンに限らず、魔器はどれも高価。作れる人が限られてくるから」
「ガルグは?」
「じいさんには無理だな。確か、魔器は魔器使いにしか作れないんだ」
「なんで」
「なんでってそりゃぁ…アレだよな?ティリエ」
ロードがへらへらと助けを求める。ティリエはため息をつくと、担いでいたウォーラをそっと撫でた。
「魔器は使い手の魔力を流し込んで使うものでしょ?職人はまだ魔力の通っていない魔器にコントロールしながら流し込んで、道を作らなきゃいけないの。魔力のコントロールと鍛冶の腕の両方が必要になってくるわ」
そういうことだ、とロードが頷く。
ふむ、つまりシトナルタ族は魔器のエキスパートってわけだな。
「魔器は言わば職人の結晶なのよ。使い手は心を通わせるし。なのにそれを賭けるなんて冗談じゃないわ」
まあ、気持ちはわからなくもないかな。珍しく、ロードも激しく同意している。
ティリエの言うことから考えると、シーガンはその高価な魔器を売るつもりかな。
ゲームでの戦利品の魔器でボロ儲け…随分回りくどいし、人道からそれてるって言う人もいそうだ。ティリエもその一人なんだろう。
「そんな深刻な顔になんなって。大ー丈夫だよ、お前はキッパリ断ったんだから。それよりどこかで飯食おうぜ」
ロードはまた当たり前のように俺の腕を引っ張っていく。
やれやれ…こいつの頭には武器と食べ物しかないのかな。
ティリエは細い目で眺めながら、俺たちの後をついてきた。
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